(終)、としておいて、 続きを書くのはよくある話。
今月いっぱいで、ギルドの最後の場所であるDiscordサーバーを消す。
残しておいてもいいだろうし、そうしているギルドもあると思う。私は、ギルド本体がないのにサーバーだけが残る理由にイマイチ何かを見出せないから、消す。
私の中にある「ギルマス要素」を全て消し、ただの1プレイヤーになる。
ギルマスという肩書きを外して遊んでみた2ヶ月。
最初の、といっても割と最近まで、罪悪感が凄すぎて病んだ。仲間から結果的に居場所を奪っておきながら、ゲームを楽しめて、やりたいことを叶えてしまっている自分に、罪悪感が止まらなかった。
それでも、日々の運営に割いていた頭に余白が生まれたことで、確実にやりたかったことができている。
教えてもらうことは概ね理解できるし、新しい疑問や、こうかな?ああかな?こうしてみたらどうなるかな?と次に繋がる要素が生まれてくるのだ。
比較的、優等生として勉強もぼちぼちやって、地頭は悪くない(と思う)はずなのに、何故こんなにも理解できないのか?と思っていたけれど、
頭にもキャパがあるので、後回しになれば当然無理なのであった。
色々私に教えてくれている友人が「成長が見ていて楽しい」と言ってくれた。
私も、自分の成長を実感しているし、何より出来ることが増えていくのが楽しい。勝っても負けても得られるものがある。
みんな、こんなふうに楽しんでいたのかと思うと、今からそれを味わえるのは案外悪くないのかもと思う。
運営陣、それからギルマスとして、合わせて2年半以上。私が引退するまでは、この運営側からの視点は消えないと思う。
そういう遊び方はやはり楽しい。ギルドがひとつずつ強くなっていく様子、これまでより一歩踏み込んだチャレンジをする仲間を応援すること。
わたしの強みは、自分がその土台作りをしてきた経験があることだ。
さりげなく押し付けがましくなく応援したり、誰よりも最初にナイス!と言って良い空気感を作る。ギルドによって合う合わないはもちろんあるが、幸い私が作ってきたギルドと、同じ空気感のギルドで遊べている。
ギルマスじゃないからこそ出来ることも多い。私もそんな、さりげなく気を遣ってくれるメンバーに何度も助けられてきた。
その経験が、私の何にも代え難い財産になった。
たかだかゲームで。それでも、画面の向こうにいる多くの人たちと共有した時間や喜びは、私にとっては「人としても成長させてくれる」大切な思い出になった。
またどこかで会うなら、敵でも味方でも、全力で遊びたい。
そしてその時には「え?本当に同じ人だよね?」と思われるくらいには強くなって成長していたい。
本当に、今でも解散を選んだことを申し訳なく思う。
それでもやはり、あそこから無理をして続けていれば、それこそ今日の時点でまだゲームをやっていたか分からない。3月は特に、生きるだけで精一杯な忙しい期間だった。
運営が思うようにいかない、大変だと、皆が見れる場所で愚痴をこぼすギルマスたちを眺めては、あぁ私は絶対にこうなりたくなかったのだと痛感した。
色んな運営の事を、私にしかやれないレベルまで引き上げてしまったのが最大の反省点だ。
引き継げない状態にしてしまった。そうしたくなくて土台を作ってきたはずなのに。
皮肉な事に、それがギルドの良さにもなっていたから、やはり引き継げなかった以上は解散の他になかった。本当にごめんなさい。何度謝っても、最後まで、自分自身が私を1番許せない。
それでも、楽しくゲームできている。
また環境に恵まれた。
力になりたいと思えるギルドに出会えた。
やりたいことを理解してくれて応援してくれる、新しい仲間に感謝しながら、
これまで頑張ってきたことも活かしながら、
また今日も、ぼちぼち遊ぼう。